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特集「M&Aを正しく活用する時代」

第11講 M&Aを考えるすべてのヒトが知らなければならない天王山 デューデリジェンス

M&Aを正しく活用する時代 第11講

M&Aを考えるすべての人が知るべき
天王山、デューデリジェンス

M&Aは、トップ面談や基本合意まで進んだからといって、成立が決まるものではありません。 本当の山場は、その後に行われるデューデリジェンスにあります。

デューデリジェンスによって、売り手企業の財務、法務、労務、税務、事業、IT、環境リスクが洗い出されます。 そこで見つかったリスクは、価格の再交渉、契約条件、補償条項、経営者保証、PMIに直結します。

デューデリジェンスとは、買い手が投資判断を行うために、売り手企業の実態を多面的に調査する手続きです。 売り手から提示された資料が正しいか、隠れたリスクがないか、買収後に企業価値を高められるかを確認します。

売り手にとっては、自社の弱点が買い手に見える局面です。 買い手にとっては、本当に投資してよい会社かを判断する局面です。 だからこそ、デューデリジェンスはM&Aの天王山なのです。

1. ある売り側企業の社長のつぶやき

ある時、飲食事業を複数展開していた若い経営者の方が、次のような趣旨のことを話していました。

M&Aの買い手企業は、最初から買うことを決めて、話を進めているのではないですか。

M&A実務を知る人が聞けば、この言葉はかなり危うい認識です。 しかし、マイクロM&Aや小規模店舗の売買だけを経験した経営者であれば、そのように感じることもあるでしょう。

店舗の居抜き売買や小規模事業の譲渡では、買い手が比較的早い段階で購入意思を固め、簡易な調査で取引が進むことがあります。 しかし、株式譲渡金額が数千万円、数億円以上になる本格的なM&Aでは、買い手が最初から最終投資判断をしていることはありません。

買い手は、トップ面談、資料確認、基本合意、デューデリジェンスを経て、最終契約に進むかどうかを判断します。 その過程で、財務リスク、法務リスク、労務リスク、税務リスク、事業リスクが見つかれば、価格が下がることも、契約条件が変わることも、取引自体が白紙に戻ることもあります。

重要な整理: M&Aは、買い手が「買いたい」と言った時点で成立するものではありません。 本格的なM&Aでは、買い手が資金を投じる前に、デューデリジェンスで投資リスクを徹底的に確認します。

2. 基本合意後、デューデリジェンスで売り手と買い手の力関係は逆転する

M&Aの初期段階では、売り手側が比較的優位に立つことがあります。 買い手候補は限られた情報しか持っておらず、売り手が複数の買い手候補を比較しながら交渉を進められるからです。

特に、黒字企業、独自技術を持つ会社、優良顧客を持つ会社、後継者不在ながら収益力のある会社は、複数の買い手候補から関心を持たれることがあります。 この段階では、買い手側も売り手に対して強い態度を取りにくくなります。

力関係が変わるのは、基本合意契約の後である

ところが、基本合意契約を締結すると状況は変わります。 基本合意契約には、一定期間、売り手が他の買い手候補と交渉しない独占交渉条項が入ることが多くあります。

その後、買い手は費用をかけて、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、IT専門家、社内事業部門を動員し、売り手企業の実態を調査します。 これがデューデリジェンスです。

ネームクリア 買い手候補に対して、売り手企業の名称を開示する前に、秘密保持と開示範囲を確認します。
トップ面談 売り手経営者と買い手経営者が面談し、経営方針、譲渡理由、買収後の方向性を確認します。
基本合意 価格の目安、スキーム、独占交渉期間、DD実施、最終契約までの進め方を合意します。
デューデリジェンス 財務、法務、労務、税務、事業、IT、環境などのリスクを確認します。
再価格交渉・最終契約 DDで見つかったリスクを踏まえ、価格、表明保証、補償条項、クロージング条件を交渉します。

この段階では、買い手側が詳細な情報を持ち始めます。 売り手企業の財務や契約、労務、税務、許認可、システム、取引先関係まで確認されるため、売り手がこれまで隠してきた課題や、経営者自身も十分に把握していなかったリスクが表面化することがあります。

売り手側への警鐘: 基本合意までは売り手が優位に見えても、デューデリジェンス後は買い手が価格や契約条件の再交渉を求めることがあります。 売り手は、DDに入る前に、自社のリスクを事前に整理しておくべきです。

3. デューデリジェンスの概要

デューデリジェンスは、M&Aの対象会社について、投資判断に必要な情報を調査・検証するプロセスです。 買い手側にとっては、価格の妥当性と投資リスクを確認する作業です。 売り手側にとっては、自社の経営実態を第三者に検証される作業です。

デューデリジェンスには、次のような分野があります。

財務DD

決算書、帳簿、資産・負債、正常収益力、運転資金、簿外債務などを確認します。

法務DD

契約、株式、機関決定、許認可、訴訟、コンプライアンス違反などを確認します。

労務DD

未払残業代、労働時間、就業規則、雇用契約、ハラスメント、従業員リスクを確認します。

ビジネスDD

事業モデル、顧客、競争環境、収益構造、成長可能性、買収後シナジーを確認します。

税務DD

税務申告、追徴リスク、グループ内取引、役員報酬、消費税・源泉税などを確認します。

IT・環境DD

基幹システム、セキュリティ、DX水準、工場・環境リスク、情報管理体制を確認します。

大規模M&Aでは、これらすべての分野を専門家が分担して調査します。 一方、中小企業M&Aでは、費用や期間の制約から、財務DD、法務DD、ビジネスDDを中心に実施し、必要に応じて労務DD、税務DD、IT DDを追加する形が多くなります。

ただし、中小企業であっても、労務リスクは軽視すべきではありません。 未払残業代、雇用契約の未整備、就業規則の不備、社会保険の問題、ハラスメント、従業員のメンタル不調などは、買収後に大きな負担となることがあります。

4. デューデリジェンスの主な内容

4-1. 財務デューデリジェンス

財務デューデリジェンスは、M&Aにおける中心的な調査です。 売り手企業の財務諸表が適正に作成されているか、利益水準が実態を反映しているか、資産・負債に隠れた問題がないかを確認します。

具体的には、売上の実在性、売掛金の回収可能性、在庫の評価、借入金、未払金、簿外債務、役員貸付金、関連当事者取引、正常収益力、オーナー経費、役員報酬の水準などを確認します。

  • 決算書の利益が実態を反映しているか
  • 売掛金や在庫に回収不能・評価減リスクがないか
  • 簿外債務や未計上債務がないか
  • オーナー経費や役員報酬をどう正常化するか
  • 運転資金や設備投資の追加負担がないか

4-2. 法務デューデリジェンス

法務デューデリジェンスでは、対象会社が締結している契約、株式発行、株主総会・取締役会の決議、許認可、訴訟、コンプライアンス違反、知的財産、反社会的勢力排除などを確認します。

中小企業では、契約書が十分に整備されていない、株主総会議事録が残っていない、株式の譲渡や相続が整理されていない、許認可の名義や更新が曖昧になっている、といった問題が見つかることがあります。

また、現金管理、在庫管理、経理処理の不自然さをきっかけに、従業員による不正や横領の疑いが浮上することもあります。 このような問題は、価格交渉だけでなく、M&Aそのものの可否に影響します。

4-3. 労務デューデリジェンス

労務デューデリジェンスは、法務DDの一部として扱われることもあります。 しかし、中小企業M&Aでは、労務リスクが買収後に大きく顕在化することが多いため、独立した調査として実施する価値があります。

特に、未払残業代、労働時間管理、就業規則、雇用契約書、社会保険、退職金規程、ハラスメント、メンタルヘルス、キーマンの離職可能性は、買収後のPMIに直結します。

労務DDの重要性: 買収後に最も重要な経営資源になるのは、従業員です。 その従業員に関するリスクを把握しないままM&Aを実行すると、買収後の統合に大きな支障が出ます。

4-4. ビジネスデューデリジェンス

ビジネスデューデリジェンスは、対象会社の事業そのものを評価する調査です。 財務や法務の専門家だけでなく、買い手企業の役員、事業責任者、買収後に経営を担う可能性のある人材が関与すべき領域です。

事業モデル、主要顧客、競合環境、仕入先、販売チャネル、価格決定力、ブランド、技術、従業員、成長余地、買収後のシナジーを確認します。

M&Aは、買うことが目的ではありません。 買収後に、買収価格を上回る企業価値を実現することが目的です。 そのため、買い手側が自社の力で対象会社を成長させられるのかを見極めるビジネスDDは、極めて重要です。

4-5. 税務デューデリジェンス

税務デューデリジェンスでは、過去の税務申告に問題がないか、将来追徴課税が発生するリスクがないかを確認します。 法人税、消費税、源泉所得税、役員報酬、交際費、グループ内取引、オーナーとの資金貸借などが調査対象になります。

税務リスクは、買収後に発覚すると、買い手が想定していなかった負担を負うことになります。 そのため、最終契約では、表明保証や補償条項によって、税務リスクの負担関係を定めることがあります。

4-6. 環境デューデリジェンス

製造業、工場、倉庫、土地を保有する会社を買収する場合には、環境デューデリジェンスが重要になることがあります。 土壌汚染、有害物質、廃棄物処理、騒音、排水、近隣対応、行政指導履歴などを確認します。

環境リスクは、買収後に多額の対応費用が発生することがあります。 特に上場企業や大手企業が買い手になる場合、環境DDは重要な調査項目になります。

4-7. ITデューデリジェンス

ITデューデリジェンスでは、対象会社の基幹システム、会計システム、販売管理、在庫管理、顧客管理、情報セキュリティ、個人情報保護、DX水準を確認します。

買収後にグループ会社として統合する場合、システム連携やデータ移行、セキュリティ基準の統一が必要になります。 ITの脆弱性は、買収後の経営統合や業務効率化に大きな影響を与えます。

5. デューデリジェンスで収集した情報を踏まえ、再価格交渉が始まる

デューデリジェンスは、単なる調査で終わりません。 調査で見つかったリスクは、買収価格、最終契約、表明保証、補償条項、クロージング条件、経営者保証、PMI計画に反映されます。

例えば、未払残業代リスクが見つかれば、その金額を価格から控除する、補償条項を設ける、クロージング前に是正させる、という対応が考えられます。 簿外債務、税務リスク、許認可リスク、主要顧客の離脱リスクが見つかった場合も同様です。

  • このM&Aには、本当に投資価値があるのか
  • 提示価格は、見つかったリスクを踏まえても妥当か
  • 価格を下げるべきリスクはないか
  • 価格ではなく契約条項で調整すべきリスクはないか
  • 経営者保証は確実に解除・移行できるのか
  • 買収後に自社の力で企業価値を高められるのか
  • PMIに必要な人材・資金・時間を確保できるのか

買い手企業は、これらを検討したうえで、最終契約に進むか、価格を再交渉するか、条件を変更するか、取引から撤退するかを判断します。

売り手企業にとっても、デューデリジェンスは受け身の作業ではありません。 自社のリスクを事前に整理し、説明できる資料を準備し、誠実に開示することで、買い手の不安を抑え、過度な価格引下げを防ぐことができます。

売り手側の実務対応: DDに入る前に、決算書、契約書、労務資料、株主名簿、許認可、借入、経営者保証、税務申告、従業員関係を整理しておくことが重要です。

M&Aに精通した買い手企業は、最初から買うことを決めて話を進めているわけではありません。 最終契約が締結され、クロージングが完了し、譲渡代金が支払われるまで、M&Aは成立するかどうか分からない不安定な交渉です。

その最大の山場が、デューデリジェンスです。

デューデリジェンスは、買い手が売り手を疑う手続きではありません。
M&A後に、企業価値を本当に高められるかを見極めるための、経営判断の核心です。

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本稿の著者

松本尚典

URVグローバルグループ 最高経営責任者 兼 CEO
株式会社URVプランニングサポーターズ 代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー

日本の大手銀行、ニューヨーク・ウォール街での金融系コンサルティング業務を経て、日本国内の大手企業数社で役員を歴任。 M&A大国である米国において、クロスボーダーM&AやTOB案件に関与し、日本国内でも投資企業側の責任者として複数のM&A案件を推進してきた実務経験を有する。

2015年に、URVグローバルグループのホールディング会社であり、経営支援事業を本業とする株式会社URVプランニングサポーターズを設立。 多くの中小企業経営者の経営顧問・監査役として、成長戦略、資本政策、M&A、PMIに関わる。

投資企業側の事情と、投資を受ける成長企業側の事情の双方に精通する経験を活かし、成長企業への投資・資本提携に特化した成長企業M&Aアドバイザリーを展開している。

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